当時、ブライアン・エプスタインの個人秘書だったアリステア・テイラーの前歴は、材木会社の事務員であった。
 彼は音楽好きな25歳の若者であり、NEMSというレコード店の営業アシスタント募集広告に目をとめると、すぐにこれに応募した。
 ブライアンは、面談で、テイラーの音楽的な知識とその礼儀正しさに強く惹かれ、個人秘書として高給優遇している。
 ビートルズが演奏しているキャバーン・クラブに、初めて出かけたとき、ブライアンは、テイラーを連れて行っていった。

 ブライアンは遊び慣れてはいたが、若者がたむろするこの種の場所は初めてだった。
 タバコの煙がたちこめる店内の予想以上に薄汚い印象にブライアンはたじろいだという。

 それは、テイラーも同じだった。音楽好きの若者ではあったが、彼もこの種の場所に行くタイプではなかった。ブライアンが1人で行くのはいやだというので、仕方なしについてきたというのが実情だった。

 少年、少女、若いOL、その他ロックロールファンの醸しだすムードと、2人は明らかに違う異質な存在だったのだ。

 ビートルズの演奏が始まる。

 彼らは演奏中もタバコを吸い、コーラをラッパ飲みし、曲の合間には、なにやらふざけた調子でじゃれ合っていた。
 すぐそばの馴染の客と、そこだけで分かり合う冗談をいうといった調子で、粗野で不作法で下品で、まったく洗練された様子のないショーが展開されたのである。

 だが、ブライアンは、衝撃を受けていた。
 言葉を失ったようなエプスタイン同様、いやいや、やってきたはずのテイラーもまた、考え方を改めていた。

 「連中はどうしようもなくひどくて、でも、同時に素晴らしかったんです。見すぼらしくて、騒々しいだけで、上手いミュージシャンじゃなかったのに、彼らの魂はストレートに胸を打ちました。それは肉体的な体験でした。誰かからゴツンとやられたようなね」

 彼らの出番が終わると、2人はステージ横の楽屋にいるビートルズに声をかけた。
 当時のメンバーは、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソン、そしてドラマーのピート・ベストである。
 ちょっとした挨拶を交わした程度で、2人は店を出た。

 食事のとれる場所で昼食をとりながら、話し合った。
 エプスタインはテイラーに訊ねた。

 「どう思う?」

 テイラーは正直に、素晴らしかったと告げた。エキサイティングな経験だったと。

 だしぬけに、エプスタインは言うのだった。

 「彼らのマネージャーをやろうと思うんだが」

 さすがのテイラーもこれには絶句した。
 それは、あまりにも突拍子もないことだったからだ。
 レコード店経営者として成功している彼が、マネージャーをやろうなどというというのはまったく考えられないことだったのである。

 4週間後、再びエプスタインがキャバーン・クラブにやってくる。
 今度は1人だった。彼は、正装し、書類カバンを持っていた。
 しっかりと彼らの演奏を聴き、前回の印象が間違いないと確認した彼は、「あとでNEMSのオフィスで話し合いたい」というメッセージをビートルズに伝える。
 ジョン・レノンは、このとき、クラブ専属のDJ、ボブ・ウーラーに一緒に来てくれと頼んでいる。
 ボヴ・ウーラーは、すでにキャバーン・クラブで、何百回となくビートルズを紹介していた。リバプールの若いミュージシャンにとって最も信頼される人物の1人だったのである。


 1961年12月3日、ジョン、ポール、ジョージ、ピート、そしてボブ・ウーラーは、NEMSまで歩いて行った。すぐ近くにあるこのレコード店は、彼らにとっては馴染の場所だった。
 エプスタインがレコード店を経営し始めたころ、レコードも買わず、いつまでも試聴し続ける若者を排除しようとしたことがあったが、実は、その若者たちこそは、ビートルズだったのである。

 当時を知る従業員によれば、彼らが試聴したいと問い合わせたレコードは、まったく知らないものばかりだった。ほとんどがアメリカの最新のレコードであり、入手困難なものばかりだったという。

 約束の時間に遅れて現われた彼らは、ブライアンが何を言い出すのか、まったく予想できなかった。
 リバプールで最も有名なレコード店経営者は一体どんな話を持ちかけてくるのだろう…。

 マネージャーの申し出については、ピート・ベストがそっけなく断っている。
 このときの応対は、ほとんどピートがしたと伝えられている。
 それでも、ブライアンは粘り強く語り続けた。
 ビートルズは、はっきりとした答えをしなかった。
 あいまいな、とりとめもない話をしたのちに、「もう一度会いたい」とブライアンは告げる。
 ビートルズは慎重だった。まるでどこかの政治家のように、帰って検討してみるとだけ答えるのである。

 彼らが慎重になるには、それだけの理由があった。
 ビートルズは、アラン・ウイリアムというプロモーターと契約して、ハンブルグ等で仕事をしていた。「マイ・ボニー」はそのときの仕事の1つだったのだろう。
 だが最後に口論の末、契約を打ち切っている。
 当然の権利として主張した手数料をビートルズが拒否したことで、両者には決定的な距離ができてしまっていた。


 あのエプスタインが、ビートルズにただならぬ関心を持っているという噂は、リバプール中に広まっていた。アラン・ウイリアムも、そのことは聞いていたが、突然、その噂の主が訪ねてきたときには驚いた。
 エプスタインは、すでにウイリアムがかつてビートルズのマネージャーだったことを知っていた。その上で、自分は彼らのマネージャーをしたいのだと告げた。
 ウイリアムは、一例として彼らが時間にルーズなことを語るなどし、翻意を促している。だだ、それは無駄なことだとわかった。エプスタインが真剣だったからである。
 エプスタインは、すでにボブから、聞いていたのだ。
 実は、ビートルズがマネージャーを必要としているということを。

 一方で、エプスタインは心配していた。
 今や、自分がビートルズに接近しているということは評判になっている。会社を経営し、高級車を乗り回している人間が彼らに近づくということは、不可解な、悪いイメージを与えるのではなかろうかと。
 それで、彼は彼らの家族に誠実に対応し、安心させることが重要だと考えた。

 妻を失って男やもめのポールの父は、真っ先にエプスタインの魅力に惹かれた。
 その誠実さ、いかにも優雅な挙措は、またたくまに彼の気持ちをとらえた。エプスタイン家に招かれると、ブライアンの両親であるハリーとクイーニーとも意気投合している。
 ジョンの叔母のミミも、ブライアンの誠実さに惹かれた1人である。
 彼が成功したユダヤ人実業家だと知った彼女は、ジョンが1人前の人間になるという希望を託したのかも知れなかった。
 エプスタインは、なんども彼女を訪ねたが、そのたびに、鉢植えの花を持っていくことを忘れなかった。
 やがて、ジョンは、エプスタイン家に頻繁に訪れるようになり、ブライアンとビートルズの将来について語り合うようになる。そしてこのとき、ブライアンは、ビートルズのイメージをもっと清潔なものにすることをジョンに納得させている。

 さらにエプスタインは、ビートルズが楽器を購入していた店に行き、その支配人から彼らが借金をしていることを知ると、それらをすべて支払った。
 おそらくブライアンは、こうした1つひとつの問題を解決していくことに大きな喜びを見いだしていたに違いない。
 今や彼の最大の興味の対象は、ビートルズだったからである。

 

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