メイソウの日々…

 エプスタインが亡くなってから、ビートルズは、彼がEMIとすこぶる割の良い契約を結んでくれていたことに気づかされる。
 既に述べたが、当時、ビートルズがレコーディングで得られるロイヤリティーは、ずば抜けてよかった。確かに、EMIとしては“売れる”ビートルズを手放したくなかったのは事実であろうが、レコード小売価格の10%が手に入るという契約は、やはりエプスタインの手腕がなくしては得られなかっただろう。

 この契約を結んだときのエプスタインは上機嫌だった。
 当時としては最高の条件を結べたということもあったし、また、少なくとも1976年まで、ビートルズは曲を作らなければならないという義務が生じたわけで、それは、エプスタインにとって、ホッと胸をなでおろすことでもあったのではなかろうか。
 9年の契約期間中、彼の“生きがい”であるビートルズの「解散」はないだろう…。
 そう考えたとしても不思議ではなかった。

 1976年まで、ビートルズは70曲のレコーディングすればいいのである。
 これは彼らにしてみれば、いかにもたやすいことに思えた。

 実際には、エプスタインが亡くなると、彼らはグループとして行動することはほとんどなくなっていくのだが…。


 ビートルズは、なおも、マハリシによって何か精神的な飛躍が期待できるのではないと考えていた。特に、ジョージとジョンは、真剣だった。
 しかし、マハリシは、少しずつ、おや?と思わせる発言が目立つようになっていく。
 ある集まりで、若者たちの徴兵に対する疑問に対して、彼はこう言ったのである。

 「私たちは国の指導者に従うべきです。国民の代表である彼らは、情報に基づく裁量権があり、正しい判断が下せるはずなのですから」

 若者たちにしてみれば、これは落胆させられる言葉だろう。
 それが何かは説明し得ないが、何かこれまでとは違った考え方、新たな道が開けるのではないかと耳を傾けていた彼らは、唖然とし、その場で席を立ってしまう者も続出したという。

 ビートルズは、なぜだかこうした情報に耳を貸さなかった。
 具体的な彼らの環境がもうひとつわからないが、マハリシに関する情報がまったくなかったわけではないのだ。

 彼らを心配する友人から、マハリシが、インドの右翼政治家と関わりがあること、さらに金銭的な執着がまったくない人間とは思えない事実も知らされている。
 しかし、ジョンはこれを無視した。

 マハリシがビートルズを利用したことは明らかである。
 彼を紹介する文章には、「ビートルズの精神面での指導者」といった言葉が記されるようになる。
 また、ビートルズの了承もとらず、自分が出るアメリカのABCテレビの番組に彼らを出演させると公言した。
 まったくそれは与り知らぬことだと連絡したのちも、マハリシはビートルズが出演すると言い張った。
 そのため、ジョージとポールが、承諾をとらずにビートルズの名前を宣伝活動に使わないようにと説得しにいかねばならなかったのである。
 このとき、マハリシは、頷き、「くすくすと笑った」という。

 ジョージは、マハリシには世間的にうとい部分があるのだろうというようなことで弁護したようだが、事実はまったく違った。
 彼は、「マハリシ」と名乗ったころから、世界中を回って活動しており、実務的なことに無知であったとは思えない。
 それでも、ビートルズはまだマハリシを信じ、インドでの宣伝フィルムに出演することを承諾している。
 その契約を結ぶために、ビートルズ側は、担当者がリンケシュまで赴くのだが、このとき、「大いなる魂」を名乗る聖者に専属の会計士が存在し、収益分配率等について驚くほど細かい交渉をすることに仰天するのである。
 マハリシは、「ビートルズの精神面の指導者」として、アメリカで大いに知られることになる。

 「タイム」、「ライフ」、「ニューズウイーク」等々…ほとんどの雑誌の表紙に彼の顔が飾られた。
 明らかに、ビートルズのせいである。
 当時のマスコミが、マハリシの“深遠な教え”を理解していたとは到底思えない。なんだかわからないが、とにかくビートルズは彼から影響を受けているらしい…。
 まあ、そんなところだったのではなかろうか。
 しかし、なんにせよ、あきらかにマハリシは、ビートルズによって、急激に“信者”を増やしたことは間違いないのである。


 このように語ると、ビートルズがいいように利用されただけという印象になるが、彼らにとって、“マハリシ体験”がまったく無意味だったというわけでもないようだ。

 ポールがこんなことを語っている。

 「彼がお金をどう使っているのか、どこに貯めているのか、知りようもなかったよ。今でも彼は、あの絹の衣装で超越的瞑想を説いて回っている。香港に豪華なペントハウスがあるという話を僕は信用しない。そんな疑いを持ったことはないね。彼は常に瞑想していたし、いろんな話をでっち上げていたとは思わない。こういう言い方がいいのかな。『堕落した様子はみられなかった』と。もっとも絹の衣装が堕落だと言うのなら、それまでだけど」

 ジョージではなく、間違いなくポールの言葉なのである。

 さらにドラッグからまったく遠ざかった生活を送ったジョンは、リンケシュ滞在中に次々と曲を作っている。

 「ジュリア」、「ディア・プルーデンス」、「ミーン・ミスター・マスタード」、「アクロス・ザ・ユニヴァース」、「ポリシーン・パン」、「ヤー・ブルース」等々…。

 のちに発表される曲が、この時期にまとめて書かれていることは印象深い…。

 ポールも同様だった。音楽がわいてくる状態になったのである。
 好きな曲だという「アイ・ウイル」は、やはり瞑想を学びに来ていたドノバンの助けを借りて作ったものだという…。

 しかし、ジョージは、彼らの曲づくりをいいことだとは考えなかったようだ。

 「ジョージがイラついて、次のアルバムのことを考えるのはやめろって、言いに来たことがあった。『瞑想のために来てるんだ!』ってね。こっちとしては『呼吸していて悪かったね』という感じだったよ」(ポール・マッカートニー)







ビートルズと“アリスの不思議な世界”…

 ビートルズが真剣に、瞑想から何かを学びたかったのは事実である。
 しかし、マハリシのもとで瞑想を学ぶ日々に、次々と曲が出来たというのも面白いことである。

 ジョンなどは、ドラッグによって曲づくりのヒントを得たと、あの悪ガキ時代からの親友、ピート・ショットンに語っていたのだ。
 ジョンは不良少年がタバコを勧めるように、悪友にドラッグを体験させようとした。

 「最初は断った。警察学校でいろんなことを教わっていたからね。それに僕の考えでは、そういうものに係わるのは、低層階級の人間で、金持ちや頭のいい人間はやらないと思っていたんだ」

 「1年ぐらいしてから、またジョンが僕に勧めた。ジュリアンの4歳の誕生日のパーティーの時だよ。ジョンの友人のテリー・ドーランと一緒にLSDを初めて試したんだ」

 それ以来、ジョンはピートと一緒に“トリップ”するようになった。
 ピートによれば、ジョンは“LSDは天の恵み”とまで表現したという。
 自分の心の未知なる領域に導いてくれるための魔法の鍵だというのである。

 「ジョンにとっては、再び情熱が蘇ってきて、素晴らしい曲を書くための刺激剤になったのさ」

 当時のジョンは…他のビートルズも退屈していた。
 ジョンの場合はその傾向が甚だしく、終日、なにもせず、ぼんやりしていることもあった。
 曲づくりに対する情熱も失われかけていた頃に、普通ではまったくイメージできない体験をすることで、大いに刺激となったということなのだろう。

 明らかにLSD体験をもとに作った曲だろうと噂された「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」に関して、当時、彼らは、それを否定していたはずだが、やはりこれはその体験も影響しているのは事実だという。
 しかし、もともとは、ジョンの息子ジュリアンが描いた絵から作られた曲なのだ。

 「marmalade skies マーマレード色の空」
 「a girl with caleidoscope eyes 万華鏡の瞳の少女」
 「Cellophane flowers of yellow and green towering over your head セロファンでできた黄色や緑の花があなたの頭上にそびえる」等々…
 といったイメージが綴られていくが、唐突に、こう叫ばれる。

 Lucy in the sky with diamonds
 Lucy in the sky with diamonds
 Lucy in the sky with diamonds, ah, ah

 「ルーシーはダイヤモンドをもって(で飾って)空の上に…」

 
 ある日、ジョンがポールと話をしているうちに、この絵のことを思い出し、ポールに見せたのである。
 ジュリアンのクラスメートのルーシーが空にいるという絵だった。
 そしてその絵には、ジュリアンがつけたタイトルが記されており、それが「Lucy in the sky with diamonds」そのものだったのである。

 ジョンが予想したようにポールもこれを非常に面白がり、2人は早速曲づくりにかかったというわけである。
 大人になってしまった彼らがトリップによってしかイメージできなかったような世界を幼い子どもが簡単に描き上げてしまったというのも非常に興味深いが、この曲は、あまりにもイメージが飛んでいる(!?)。
 ビートルズがドラッグ体験によって曲を作っていると噂されていたのは事実だが、これが何よりの証拠だとして、放送禁止になったこともあったのである。
 その論拠となったのはタイトルだった。

 「Lucy in the sky with diamonds」

 その名詞の頭文字を続ければ、L…S…Dとなっていたからである。
 だが、これは当のビートルズ自身もそれを指摘されるまで、気づかなかったことだった。
 まったくの偶然なのである。
 幼いジュリアンのつけたタイトルをそのまま使ったのだから。

 ジョンの言葉によれば、この曲の世界は、「鏡の国のアリス」に影響されている。
 思い出していただきたい。
 ルイス・キャロルの作品は、子ども向けとはいえ、驚くほど幻想的な話である。

 子どもの頃、ジョンが夢中になったことは既に紹介しているが、LSD云々より、むしろそういうイメージで聞いたほうが曲としても広がりを持つはずである。

 「wool and water」の章に、

 …and she found they were in a little boat gliding along between banks so there was nothing for it but to do her best

 気がつくと彼らは小さなボートに乗って、岸辺の間をただよっているのでした。アリスは精一杯こぐしかなかったのです。

 というような…これでいいのかな?…(-_-;)…文章がある。

  Picture yourself in a boat on a river…

 で始まるこの曲は、ドラッグ云々よりも、幻想的世界を描いた曲として優れていると思うが、偏見をもって聞いてしまうと、どうにも困ったことになってしまうわけである。
 それもこれも、タイトルがたまたまLSDを意味しているように受け取れたからだった。

 ジョンもポールもルイス・キャロルの世界は大好きで、彼らはしばしばアリスの世界を引用しているようである。
 ビートルズ・ファンなら、もう一度、ルイス・キャロルを読み返してみるのも悪くない。
 「アイ・アム・ザ・ウォルラス」という曲を聴いたときは、なんだってセイウチなんだろうと思ったものだが、「鏡の国のアリス」にもちゃんとセイウチが出てくる…。


 ジョンやジョージと違ってポールは、自分がちょっとした旅行気分だったことを認めている。
 ポールがジョンについて語っている。

 「ある日、マハリシがヘリコプターで出発する前に、誰か少しの間乗ってみたい人はいる?と訊かれたときジョンが飛び上がって『はい、はい、はい!』と一番に名乗りを上げた。あとでジョンに聴いてみた。『どうして、あんなに乗りたがったの?そんなにヘリコプターに乗りたかったの?』って」

 ビートルズは何度もヘリコプターに乗ったことがあったので、ポールは不思議に思ったのだ。

 「『マハリシが答えを教えてくれるかも知れないと思ってね』。ジョンという人間がよくわかるだろう。みんなが“聖杯”を探し求めていたんだろうけど、ジョンは本当にそれが見つかるかも知れないと思っていたんだ。彼の純真さ、ナイーブさがよくわかるいい話さ」


 だが、ある日、リンゴと彼の妻モーリンが、家に帰ると言いだすのだ……。


 

 

 

 

 

 

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