告白

 1950年9月10日。
 ブライアンは、祖父と父の経営する会社に入社する。

 父親のハリーは、ブライアンに厳しくビジネスを基礎から指導した。
 叩き上げの家具職人から一家を成した祖父のアイザックも信じられないほどの勤勉さで手本を示した。
 ブライアンは、意外なことに素直にこれを受け入れる。

 今までわがまま放題な生活ぶりだったエプスタイン家の長男は、豹変するのである。
 その気になってやりだすと、抜群の集中力がものをいった。

 そして、忘れてならないことは、彼が周りの人に与える印象だった。
 彼には、いかにも上品で魅力的な雰囲気があった。これは、誰もが認める彼の特性だったのである。
 あっと言う間に、彼はその天分を発揮し始めた。
 彼の話を聞いているうちに、客は、本当に買うべきものは、さらに値段の高い家具なのだということを信じ込んでしまうのである。

 仕事が面白くなったブライアンは、従来からのディスプレイ方式を変更すべきだと主張する。ただ、雑然と“置かれていた”だけの家具を広々とした空間のなかで自然に配置するようにと。訪れた客たちをくつろがせることが必要だというわけである。
 それは父を通して祖父に告げられるのだが、祖父のアイザックには、小賢しく、出過ぎたことに感じられたようだ。
 なぜなら、今でも営業は好調であり、急激な変化が好ましいとは到底考えられなかったからである。
 それでなくても、世代間の考え方の違いは歴然としていた。
 そこで父親のハリーは、ブライアンを他の店に見習い社員として出向させる。

 その店でのブライアンの接客ぶりは、やはり、誰もが認めるずば抜けたものであった。

 18歳になると、ブライアンはまったく申し分のない青年に見えた。
 いつもきちんとした身なりで、人当たりもよく、若い女性たちの人気者でもあった。

 だが、欠落感が彼の心には芽生えていた。
 両親は、ともに好人物であったが、ブライアンを理解していなかった。

 18歳のブライアンにとって心の悩みは、“徴兵”により軍隊に入ることで、ひとまず棚上げされる。

 空軍を希望したが却下され、陸軍に入らなければならなかった。
 大嫌いな陸軍で、彼は士官候補生試験を受けて不合格となる。
 これは当然と言えば当然だった。人から指図されることを嫌い、肉体労働にはなんの関心もない男か士官になれると考えるほうがどうかしているのだ。
 学校になじめなかった人間が軍隊で有能であるはずがなかった。
 団体行動になじめずに、規律違反で謹慎を命じられ、ついには、精神鑑定を受け、除隊処分となる。
 軍医は、彼の神経が消耗しており、兵役を続けることは無理だと診断したのである。
 これはショッキングな出来事とも言えるが、除隊証明書には、誠実で勤勉な事務員であり、信頼がおける。常に清潔な印象を与える好人物である…といった意味のことが記されてあった。

 まあ、要するに、彼は軍隊では厄介者だったということなのだろう。

 2年間の兵役のはずだったが、10カ月で除隊した彼は、リバプールに戻る。
 実家に戻った彼は、生き生きとした様子で仕事を再開した。

 ブライアンにクラシック音楽の趣味があり、膨大なコレクションを所有していることを知っていた父のハリーは、家具店の一角で扱っているピアノや楽譜のほかに、レコードもくわえることを考える。
 除隊ショックを忘れさせたるためにも、新たな仕事を息子に任せるということは、父親としても満足のいく考えであった。

 ブライアンは、その期待にこたえ、みるまに営業成績を上げる。
 彼の情熱は売り上げに見事に反映したのである。
 これに気をよくしたハリーは、息子にはリバプールから離れたオシャレな街の家具店を任せるべきだろうと考える。
 そして、またしても、ブライアンは期待にこたえ、見事な営業成績を上げるのだった。
 息子に商才があることは間違いなかった。
 ハリーは満足し、母のクイーニーも息子の芸術的なセンスが仕事に役立つ日が来たことを喜んでいた。

 ブライアンは多数の知り合いがいたが、親友は少なかった。
 パーティーなどは嫌いではなく、むしろ自ら積極的に参加していたが、かといって必ずしも居心地がよさそうでもなかった。

 この傾向は晩年まで続く。

 ある日、家族はブライアンの「告白」を聞かされることになる。

 ブライアンは、人生で最も辛かったかも知れない日を自ら迎える決心をしたのである。
 このままでは、どうしようもなかった。
 両親、そして弟のクライブと夕食をとっていたときに、“それ”は告げられた。


 家族に、衝撃が走った。

 母のクイーニーは、直感的に予期するところがあったという。
 だから、彼女は、ブライアンの告白のあと、彼を抱きしめてやった。
 それでもブライアンは、そのまま寝室に行ってしまう。
 父親のハリーと弟のクライブは、動揺を隠すことができなかった。

 以後、ブライアンの話を聞くのが、クイーニーの毎夜の習慣となった。
 ブライアンの心からの言葉を聞くことができるのは彼女しかいなかったのである。

 “そのこと”が、ブライアンに及ぼした影響の大きさを考えないわけにはいかなかったと、クイーニーは語っている。

 「恋愛関係については、絶望的でした。私はよく言いました。『率直に訊くけれど、ブライアン、一緒に暮らせるような気の合う相手をなぜ見つけられないの?』 つまり、“男性”のことを言ったんですけれど……」

 

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