母親のあとを追って行ったジョン…。
 だが、ジョンを育てたのは伯母のミミであった。
 ジョンを父親から取り戻したがったのも、実は母親のジュリアではなく、ミミだったのである。
 ジュリアは、やはり新しい家庭をつくっていくには、ジョンの存在が重荷だったのだろう。

 ミミはジョンをわが子同様に育てる。
 規律に厳しく、わがままを許さなかったが、ジョンを殴ったり、怒りに任せて怒鳴りつけるということは一切しなかった。
 だが、この家ではジョージ伯父さんが泣きどころなのだった。
 この人はジョンに対してかなり甘いところがあったようだ。
 ジョンはミミ伯母さんにナイショで、ジョージ伯父さんに甘えている。
 だが、両親の両方ともが厳しく育てる家は、そう多くはないだろう。大抵はどちらかが甘くなってしまうものだ。
 ジョージ伯父さんは、小さいけれど乳製品を扱う店を経営していた。ジョンは伝えられているほど、貧しい暮らしをしていたわけではないのだ。

 ミミは、遊びのための外出もほとんど許さなかった。自分にナイショでジョージがジョンを連れ出していることを知っていたせいもあったのだろうが、年に2回、夏休み期間中にディズニー映画を見に行くこと、そして、もう1つは、この地方で救世軍が主催していた子どもの家に行くことだった。そこでは、ささやかながらガーデン・バーティが開かれる。幼いジョンは、その日を心待ちにしていたのである。
 (※それは「ストロベリー・フィールズ」と呼ばれていた)

 ジョンは、7〜8歳頃から自分で本を書いていた。
 子どもなりに編集して、雑誌仕立てに創ったのである。
 ショートショートやマンガ、映画スターやスポーツ選手の写真、そして小説の連載までもがあった。
 
 「気に入ったら来週も読んで下さい。来週はもっと面白くなります」

 ジョンの創作意欲は、子どもながら大したものであった。
 これは、個性を大切にしようというミミの考え方からきているものだろう。
 たとえ子どもが何かを始めたところで、それを辛抱強く見守り、励まし、心から受け入れてくれる者がいなければ、続くはずがない。

 ジョンは「不思議の国のアリス」をたいそう気に入り、登場人物すべての絵を描いた。それに飽き足らなくなると自分を主人公にしてお話を創ったりした。

 「ぼくは何か一冊の本を読むと、すぐその通りにしてみたくなった。学校時代に餓鬼大将になりたがった理由の1つもそれだね。ぼくが本で覚えた遊びを仲間にやらせようとしたんだ」

 まことに順調に、すこやかに…というところだが…。
 ある日、ミミは、子どもたちが輪になって、2人の子どものケンカを見物しているという状況に出くわす。
 子どもたちは、ジョンの学校の子どもではなかった。
 また、くだらない子どもたちのケンカだと、ミミは通り過ぎようとした。

 「間もなく、その輪の中から上着を肩に引っかけた恐ろしい少年が出てきたました。私はぞっとしました。それはジョンだったからです」

 ミミが知る範囲でも、ジョンは近所の餓鬼大将というところだった。
 だが、ジョンが成長するにつれて、いくらミミでも目の届かない部分が出てくる。
 学校でのジョンは、四六時中、ケンカをしている少年だった。

 体格的に劣るような場合でもジョンはひるむことはなかった。
 心理的に有利に立てるように、あらゆる手を使った。

 「ぼくはボスだった。仲間を引き連れて万引きとか、女の子のズロースをおろすとか、そんなことをやっていた。親たちの中で何も知らなかったのはミミだけじゃなかったかな」

 ジョンが率いる仲間の親たちは、どうしようもない悪ガキとして、ジョンを憎んでいた。ジョンとは遊んではいけない…そんなふうにまで言われていたのである。

 「ぼくは、そういう親たちに遇うと、いつも小生意気な受け答えをして切り抜けた。教師たちのほとんどが、僕を嫌っていた」

 単なる餓鬼大将というわけではなかったようだ。
 彼は、お菓子屋からキャンディーを盗むことから始めて、ついにはタバコの闇売りまでしたという。これはもう、立派な不良といっていいだろう。

 ミミは申し分のない愛情を持って、規律正しく育てたはずであった。
 それ以上のことを望むのは無理であるというほどに。
 だが、ジョンの中では、成長につれて漠然とした疑問がわき起こってくる。
 母親のジュリアは、時々、訪ねてきた。
 ミミは、ジョンにいろいろ訊かれるようになる。

 「でも、私は事実をそのまま話したくありませんでした。あの子は幸せでした。それなのに、あんたのお父さんはダメな人だったから、お母さんはほかの男の人と一緒になったなんて言えません。ジョンはしあわせでした。いつも歌を唄っていました」

 ジョンは自分の心を押し隠すようにしていたようだ。
 ミミはもちろん、3人のおばたちにとっても、ジョンはとても明るい性格で、幸せな子どもだったというのが共通した記憶となっているのだが…。

 中学に進学する。

 郊外にあるクオリー・バンク中学でも、ジョンはケンカに明け暮れる。

 「僕が喧嘩っ早かったのは人気者になりたかったからだ。リーダーになりたかった。おべっかをつかったりするのはいやだった。みんなが僕の言う通りに動き、冗談に笑い、僕をボスにすること、それが望みだった」

 小学校のときには、悪さをしても正直にそれを白状して認めたものだが、中学ともなると事情は違ってきた。

 「それがバカバカしいということに気づき始めた。いずれにしろ叱られるんだ。僕はなにからなにまで嘘をつくようになっていった」

 この当時、ジョンの仲間だった者は1人減り、2人減りしていく。彼と一緒にいると学校中から目の敵にされてしまうからだ。
 最後まで残ったのは、ピート・ショットンという小学校時代からの悪仲間だった。

 「僕らが悪さをして初めて教頭の部屋に呼ばれた時、教頭はデスクで書き物をしていた。僕とジョンを両側に立たせて、教頭は書きながらお説教を始めた。するとジョンは、はげ上がった教頭の髪の毛をいじり始めた。てっぺんにちょっとだけ残っているそれを。ところが教頭は盛んに頭に手をやったが、ジョンがいじっていることには気づかないんだ。これは、もう、ひどいもんだった。吹き出すのをこらえるのに死ぬ思いをした」

 まだ、その先がある。

 「いたずらをしながら、ジョンは小便を漏らしてしまった。ほんとに。短い半ズボンをはいていたからまだ低学年だったと思う。やがて小便がポタポタと床に垂れて濡らしてしまった。教頭が振り向き、びっくりして言った。『なんだそれは?なんだそれは?』」

 小便を漏らすというのだから、おそらく恐怖心があったはずだが、それでもいたずらをしていたジョン。
 本心を覆い隠すために何かをしないではいられなかったということなのだろうか。

 いつもジョンの味方をしてくれたジョージ伯父さんは、ジョンが13歳のときに突然亡くなる。これはジョンにとってはかなりのショックだったようだ。

 「ジョージはいつもジョンの味方でした。2人が仲よくしているので嫉妬したくらいです。ジョンはジョージの死に打撃を受けたようでしたが、表面には出しませんでした」

 ジョージ伯父さんが亡くなってから、ジョンはその欠落部分を補うかのように、ある人物と頻繁に逢うようになった。

 実の母親のジュリアである…。






 育ての母であるミミは、ジョンに実母のジュリアについて、ほとんど話さなかった。だが、ジュリアのほうからは連絡が絶えることはなかった。
 ジュリアは二度目の夫との間に、2人の娘をもうけていたが、男の子ならジョンがいるという感覚だったのだろう。母親としては当然といえば当然かも知れないが、ジュリアはジョンの成長ぶりが大いに気になっていたわけである。
 そして、もう1つの興味深い事実がある。
 ジュリアは、スタンリー家でも、とりわけ変わり者だったのだ。
 ミミが常識的な人間であるのに比べると、それは歴然としている。

 ジョンとピート・ショットンは、相変わらず悪さをしていた。
 学校からも、それぞれの保護者からも、さんざん注意されている。それにもかかわらず2人が、それらの忠告を笑い飛ばし、行いを改めなかったのは、その頃から彼らのもとに現れた人物の影響が大きかったのである。

 小学校の時のジョンの仲間で、唯一勉強好きだったアイバン・ボーンによれば、それはジョンの実母であるジュリアのせいだという。

 ジョンとピートは、ある頃から現れたジュリアが、自分たちの感覚とまったく変わらない人間であることに狂喜する。
 ピートは語っている。

 「僕等がこんな説教をされたというと、心配ないわよと、いつも言ってくれた。僕等が知りたいと思うことはなんでも話してくれた。どんなことでも笑い飛ばしてしまうところは、僕等とまったく同じだった。すごい人だった。最高だった」

 ジュリアは、女性用下着を頭にかぶってすまして歩いたり、レンズの入っていない眼鏡をかけて、相手と話しながら、レンズのあるはずの部分から目をこすり、相手が驚くのを喜ぶというような女性だった。
 ジョンの口からは、そのような話は出ていないようだが、おそらくそうしたこともすべて含め、彼の中で偶像化されていたのではなかろうか。とにかくジュリアと会っていると楽しい。
 ジュリアも、四六時中、顔を突き合わせていれば、また違った態度になったのかも知れないが、なにしろジョンは自分によく似ていたのだ。自分の血を引いているジョンが自分のような人間になることを喜んだのは間違いないところだろう。

 ジョンは、伯母であるミミをむしろ母親のように感じていたようだ。実母であるジュリアは、ちょっと違った感覚だった。

 「ジュリアは一種の叔母、あるいは姉のような感じだった。ミミとは口ゲンカすることが多くなった。だから週末にはジュリアの家に泊まりに行ったりした。新しい男にも会ったけど、まあまあの奴だった。“顔面神経痛”というあだ名をつけてやったけどね」(ジョン)

 ジョンとピートの成績はどんどん下がり、最低ランクのクラスに入れられる。
 ジョンは最低クラスの最下位というありさまだった。
 中学の5年生のとき、この中学に赴任した校長は、この学校一の問題児をなんとかしようとしたようだ。
 だが、結局、どうすることもできない。

 「彼は駄洒落ばかり上手な、どうしようもない不良少年でした。私にはまったく理解できませんでした。残念ながら、彼を鞭で打ったこともあるのです」

 ジョンに対する評価はすでに、この校長が赴任する以前に下されていた。
 成績表にこう記した教師もいたのである。

 「間違いなく落伍者である」

 それでもこの校長は、進級試験に落第したジョンに救いの手を伸ばす。

 「美術学校へ行かせるしかないと思いました。絵が上手なことは承知していましたからね。チャンスを与えるべきだと考えたのです」

 このころ、ミミは中学校へ赴き、この校長と話をしている。
 なんとかして、1人前の人間なってくれればいいという願いからだった。

 「心の中ではジョンの父親のだらしなさを思い出したりしました。そんなことはジョンには言いませんでしたけどね」

 ジュリアの影響も大きかったはずなのだが、同じ姉妹としては、やはりこう言いたくなるのだろう。

 ジョンと音楽との出会いはどうだったのだろう…。
 ジョージ伯父さんに買ってもらったハーモニカがジョンのお気に入りだった。
 自己流に吹き方を覚えたという。
 毎年、ジョンはエディンバラの親戚の家に行っていたが、その時、バスに乗っている間中、ハーモニカを吹き続けていた。10歳くらいの頃である。

 「バスの車掌さんは、あの子のハーモニカに感心したんです。エディンバラに着くと、ジョンにいいました。もっといいハーモニカをやるから、明日の朝、停留所に来いよってね。ジョンはその晩眠れず、朝飛んで行きました。音楽に関してジョンをほめてくれたのは、その車掌さんが初めてでしょうね」

 中学生になるとラジオで聞いた流行歌を覚えて歌っていたようだが、ミミはこれを嫌がったという。ミミにとっては音楽とはそういうイメージではなかったようだ。

 「幼いときに音楽を習わせようかと思いました。ピアノかバイオリンをね。でも、あの子は嫌がりました。レッスンというと毛嫌いしてました。なんでもすぐにやりたがったのです」

 正式にピアノの教育を受けたジョン・レノンというのも、想像してみると、なかなか興味深いものがあるが、まあ、ここでは深く考えまい。

 ビートルズが登場する以前の50年代…。
 最も影響力のあった人物、エルビス・プレスリーが登場する。
 1956年に出したシングル「ハートブレイク・ホテル」は、世界中の若者を魅了した。
 くねる腰、幾分めくれ上がった唇、わざとしたように不明瞭な発音で低く唸るかと思えば、しゃくりあげるように歌う。そして芝居がかったアクション…。
 それらは、まさに若者たちを興奮させた。
 ジョンは、それまでにあったポピュラーソングを聴くには聴いたが、プレスリーほどの興奮をもたらすものではなかった。

 「エルビス以前に僕が影響されたものはまったくない」(ジョン)

 リバプールでもプレスリーに影響された若者たちが音楽を始めた。
 ジョンも何かを始めたかったが、楽器がなかった。ギターを借りて試してみたが、すぐに弾けないとわかるとあきらめた。
 母親のジュリアは、バンジョーが弾けた(フレッド・レノンに教わっている)。
 ジョンがねだると、ジュリアは中古のギターを買って与えた。いくつかのコードを教えたというが、それはバンジョーのコードだった。
 弦の配列もバンジョー風にしたのである。
 
 しかし、正式なレッスンを受けなくても、コードを覚えれば演奏できる…。
 これはジョンには大変なことだったのではなかろうか。

 クオリーメンというバンドが結成された。
 メンバーは見るからにテディボーイ(非行少年)といったふうであり、ますますジョンは、母親たちから嫌われた。

 ジョンが最年長であり、ケンカが絶えないこのグループはメンバーの入れ換えも激しかった。
 ある日、仲間のアイバンが自分の学校から1人の友人を連れてくる。
 彼自身はジョンのバンドに関心がなかったようだが、ジョンが喜ぶと考えたのだろう。

 「奴が大物なのはわかっていたさ。僕がジョンに紹介した奴は、みんな大物だった」

 1956年6月15日…。
 ポール・マッカートニーとジョン・レノンの出会いの日である。

 

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